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あねっちゃ

Author:あねっちゃ
20ン年の共働き生活を休止し,専業主婦デビュー。
潜伏4年を経て,再就職トレ開始。
ゆるゆるな日常をゆるゆると書いております。
佐藤竹善・SING LIKE TALKINGファン歴25年。
2010年にMEA(マイクロ波子宮内膜アブレーション)を受けました。それについてのモロモロは,旧ブログのフリーページに置いてありますので,リンクからどうぞ☆
写真はクリックで大きくなったりならなかったり。

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これで終わりじゃねーべ。


なんのかんのとしているうちに,誕生日を迎えてしまいました。
アラフィフからリアルへとまた近づきましたが,正直50代を迎えるのが楽しみです。

誕生日。

真冬に生まれた私。
仙台市で暮らしていた時を除き,その日は大体が吹雪で大雪。

お誕生会なるものが流行っていた小学生時代。
お互い招待しあい,プレゼントを持参し,盛り上げてくる。
上流階級の子の生活ぶりには嘆息し
招待された客の顔ぶれに,その子が友をどう格付しているか知る
なかなか社会性のあるイベントだった。

料理の得意な私の母のごちそうは友人に人気で
たぶん私のことは好きじゃなくても,
母の料理は好きだから来たという子はいたと思う。
それを知ってか知らずか,母は次々と皿を並べてくれて
美味しいの言葉に誇らしい気持ちでいた。

そんな子供時代を過ごしたので,自分の子の誕生日も同じように祝ってきた。

エビフライにポテサラは定番。
ホールケーキを用意したり,トライフルを手作りしたこともあった。
とにかく子らの笑い顔が見たくて
生まれてからここまで大きくなったのがうれしくて
毎年の誕生日を迎えてきた。

表面的には,だ。

しかし心の中では
くすぶる思いがぬぐえないまま,ずっとその日を迎えていた。

初めての子は生まれてからずっと泣いてばかりで
保育園へ送る朝は泣かない日がなかったくらい人見知りで
とにかく泣かせないようにとだけ考えていた毎日だった。

生まれてからの一年間がもうそれはきつく
退院してきた日の夜泣きに耐えられないと,寝室から締め出されたので
雨漏りのする部屋で,タンスにもたれて赤子に乳を吸わせながら
座ったままウトウトする夜をずっと過ごしていた。
夜中の育児は職場復帰してからも続くわけで
日中は仕事,夜は赤子に起こされるという日々。

大変だったことは書ききれないほどたくさんあるのだが
どうにか一年を過ごし,初めての誕生日を迎えた私は感無量だった。

あんなにくにゃくにゃだった子が,
歩けるようになったし,ご飯も食べられるようになった。
夜もだいぶ起きなくて済むようになったし,こんなに,こんなに・・・

感動にむせびながら子の父に手を差し伸べ
「やっと一歳になったね。頑張ったよね。」と言ったら

伸ばした手は握られることはなく,帰ってきた言葉は

「これで終わりじゃねーべ」

あきれたような平坦な声で冷たい表情だった。

私のなかで何かが完全に壊れた瞬間だった。

確かに,その言葉どおりこれで子育てが終わるわけではなく
むしろ始まったばかりだ。

出産時の危機を乗り越え無事に生まれてくれてやっと一歳になり
その間ものすごくたいへんな時間を共有して
感慨を分かち合える日だと思っていたのは

私だけだった。

そうか。
この大変な日々はまだ続くのか。
私一人で,まだまだ,もっともっと頑張らないと,終わらないのか。

愕然とした。

この日から長いうつに苦しんでいく訳だが
相談した医師はこの時のことを話した私に

「女房と握手したい旦那なんていないですよ」と失笑していた。

毎年巡ってくる誕生日。
子どもたちは楽しそうに,用意したプレゼントや料理を喜んでいたが
私は「これで終わりじゃないだろう」という言葉に縛られ続け
本当はゆううつで心底喜んで祝えていない自分を,子らにずっと詫びてきた。

今年の私の誕生日に,兄ちゃんからメールが届いた。
卒論で優秀賞をいただいたという写真が添付されていた。

ずっと私を縛っていたものを
ほかでもない 彼が解き放ってくれた。

母が亡くなってからずっと泣くことはなかったが
写真を眺めながら涙が止まらなかった。

自分でやりたい道を見つけ,進んでくれた子どもから
今まででいちばん嬉しいプレゼントをもらった誕生日だった。

それと同時に
この日私を生んだ母の思いに心を巡らせた。

母の初めての出産は死産で
二度目の子が私だ。

産声のある出産を迎え,温かな私を抱いた母の気持ちはどんなだっただろう。
毎年誕生日を祝ってくれた母の気持ちは。

学友に囲まれて満面の笑みの兄ちゃんを見ながら
若い母に抱かれている赤子の私が浮かんでいた。

さて

うちにはもう一人いたんだっけ。

この子は今週末が誕生日だ。

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コメントの投稿

secret

代替画像

お久しぶりです

え?握手しませんか?
うちは15年目の子なので、子宮口縛る手術やら24時間早産防止点滴やら乗りるたび、誕生日ごとに握手しました。
合言葉は゜スモールステップ゛ とにかく1回でも多く誕生日を迎えさせようって。

ま、その分 つわりも更年期障害も認知症も誰かを思いやることも無縁な姑とは 分かち合う体験はゼロですが、家の中に1人でも理解者がいれば まっいいか^^と

それにしても 長男君、素晴らしい!
卒論は長丁場だし大量だし、コピペ蔓延の時代に、優秀賞をもらうって できないことですよ。
思いっきり自慢していいですっ!

さてと、あとは うちだわ。 前期の発表待って、翌日は 後期試験に出発。
滑り止めの私立は受けてないので・・・浪人させたくないよ~
次男君の受験も まもなくですね! 一緒に合格を喜びたいものです! 
  • | 2017.03/06.Mon
  • | 14:30
  • | ゆっこ
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代替画像

>ゆっこ さま。

お返事大変遅くなりました・・・
この二か月,本当に激動の日々でしたが,チビと二人でどうにか乗り切りました。
ゆっこさまのお宅ではサクラ咲く春になりましたでしょうか?
チビは目標を貫き,新生活が始まっています^^
  • | 2017.04/05.Wed
  • | 08:40
  • | あねっちゃ
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