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あねっちゃ

Author:あねっちゃ
20ン年の共働き生活を休止し,専業主婦デビュー。
潜伏4年を経て,再就職トレ開始。
ゆるゆるな日常をゆるゆると書いております。
佐藤竹善・SING LIKE TALKINGファン歴25年。
2010年にMEA(マイクロ波子宮内膜アブレーション)を受けました。それについてのモロモロは,旧ブログのフリーページに置いてありますので,リンクからどうぞ☆
写真はクリックで大きくなったりならなかったり。

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神も仏も。

今日の朝日新聞朝刊の川柳で,

『敗戦日 休刊するとは 平和ボケ』

という,やや厳しい投句が掲載されていました。

敗戦から66年が経ちました・・・

私達の父母世代は,家族を出征させた家がほとんどではないでしょうか。
お盆に祖父母の家に帰省すると,仏壇の上には戦死された方の写真があって。

いつか誰かに伝えたいと思っていた,私の母方の祖母の話です。

12人子どもを産んで,末っ子の母(10番目)を含め,6人しか成人しなかった祖母。
その長男と次男を出征させました。

小さな漁村の働き手を失い,貧しい中で懸命に戦中を生き,
毎日,仏壇と神棚に息子達が無事であるよう,祈り続けていました。

しかしやがて,長男の戦死の知らせが届きました。

祖母は毎日大切に拝んでいた仏壇を,
「神も仏もあったもんじゃねぇ!!」と,叫びながら,
位牌からお供えから,なにもかもめちゃくちゃになぎ倒し,号泣しました。

まだ小学生になっていなかった母が,初めて見る,取り乱した祖母の姿だったそうです。

次男は,終戦後もなかなか帰ってこなかったのですが,
終戦を,サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの直下にいた船上で迎えていました。

無事に故郷へ帰還したときに,誰よりも祖母は喜びました。
そして,持ち帰ったのは,一斗缶にびっしり入った白砂糖。
あの時代には絶対に手に入らなかった品です。

祖母はこの貴重な白砂糖を,集落中の家に配って歩いたほど,喜んだのだそうです。

繰り返し話して聞かされた,戦時中の話。

父方は,甲種合格できた人がおらず,戦死者はいなかったので,
進駐軍のジープを追って,チョコや飴をもらった話が主でしたが・・・

嫁ぎ先でも,長男が戦死されていて,ツレ父は末っ子ながら家長に。
お盆には,一家全員で丁重に墓参りをするという習わしでした。

毎年この時期になると,かならずこのことを思い出して,
墓参りのたびに,全く実感のない,私の子供達に話して聞かせています。

このような歴史があって,私達が今こうして生きているのだということを,
何度も何度も,語り伝えていかなければならないと思います。



その母の母校,能代商業,甲子園で善戦しましたが惜しくも破れました。

「野球留学あたりまえ」の私立強豪校が,甲子園を席巻する中で,
能代「市立」の公立高校が,ここまでよく頑張りました。

179球をひとり淡々と投げぬき,また自ら良く打ったエースの保坂君,
ほんとうにありがとう。おつかれさま。

そして,いままで見たことの無い野球を見せてくれた能商ナイン。
君達がどれだけ練習を頑張ってきたかは,とても良く分かりました。
がんばったね。ありがとう。

応援団もよく声が出ていました。
壊れた楽器を応急処置しながら懸命に演奏したブラバン。
みんなの「ウィーアー!」,そして「ヤーヤドー」,忘れません。

お盆が過ぎ,甲子園も終わると,今年の夏が終わったような,
そんな気がしています。

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コメントの投稿

secret

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Re:神も仏も。(08/16)

こんばんは。祖母さんは厳しい世界の中で生きてきたんだね。私の母は、6人兄妹の1番下です。
結婚して他人が入ってきたので、母は家をでて秋田にでてきました。苦労しました(^_^;)私たちが生まれたら、父の転勤で横手に行ってしまったの。
あねっちゃさんのお母さんは能代商業だったんだね。
惜しかったよね~勝利してまた、新聞の号外がでると思ってたよ。頑張ったよね~(^^)
  • | 2011.08/16.Tue
  • | 20:59
  • | (^^♪ruriちゃん
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いろんな思いがはせますね…

母方の祖母が、ぼけはじまえたとき…
オイラに向かって、「おかえり~大変だったでしょ」
なんどもなんども、言うんです。
無くなるまでの20年間… お盆になると、ばあちゃんとの挨拶でした。

最初の頃は自分も若かったので、「なにボケてんの?」ぐらいに思って、流していたのですが…
ばあちゃんの葬式の夜、じいちゃんがシベリア抑留の末、なんとか生きて帰ってきた…という事を知りました。
おいらをじいちゃんと勘違いしていたようです。
もっと早く知っていれば…と、悔やみましたが、時すでに遅し…
そんなじいちゃんばあちゃんは、2年の違いはあれど命日は一緒… どんだけ仲良しなんだか…

能代商業、くやしいっす!
白樺が負けたときより、悔しかったな…
やけざけ中っす!w
  • | 2011.08/16.Tue
  • | 21:00
  • | Hirolin
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毎年・・・

この時期になるとNHKやらBSで戦争の特集をやりますが、若い頃に苦しくて観れなかった戦争の詳細が、この歳になって心に記憶していたいと思うようになりました。
世界中で戦争がなくなっているのであれば、もう過去のものとして葬ればいいのかも知れませんが、現実に無くなっていないので。イギリスの暴動も私からみれば戦争以外のなにものでもない。暴力ですもの。

能代商業、近年に無い、大感動の素晴らしい試合でしたね。
私、甲子園観て、序盤からこんなに泣いたことない。
延長からは、如水館のピッチャーの涙が、彼の気持ちも痛いほどで、両方を応援してずっと泣いてしまいました。
仕事をこっそりサボって・・・・熱湯甲子園も観たよ!
また、泣いた~
  • | 2011.08/17.Wed
  • | 00:25
  • | ぶりこ
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こんにちは・・。

おばあさんの話・・・。

胸が詰まります・・・。

僕のじいさんは、若いころ太平の英雄(苦笑)と呼ばれて部落のリーダーだったそうですが、戦後シベリアに抑留されて帰ってきてからは、人格がまったく変わって人嫌いになってしまったそうです・・・(おやじ談)

お子さんたちも何かを必ず感じてると思います・・。
  • | 2011.08/17.Wed
  • | 08:44
  • | ひろしです・・・・・。
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大変な時代でした。

>(^^♪ruriちゃんさん

どこの家庭でも必ず,辛い体験を抱えた時代でしたよね。
私達が小学生の頃は,まだ戦後の雰囲気をひきずっている空気が残っていました。
商店街の片隅に,白装束の傷病兵がハーモニカを吹きながら座っていたり・・・

能代商業に進学するのも貧乏で大変だったようですが,今回の善戦に大変喜んだ母です。
今日のテレビでもいちおしで試合が取り上げられてましたよね。
  • | 2011.08/17.Wed
  • | 15:06
  • | あねっちゃ
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帰ってきてくれたんですもの(ToT)

>Hirolinさん

待ち続けた旦那さんが,やっと帰ってきてくれたんですもの・・・
おばあさん,どれほど嬉しかったか。
最高に嬉しい記憶だけが,その心の中に永久に残ったのでしょうね。

シベリアから生きて帰還したものの,片腕を取られてしまったという方が知り合いにいらっしゃいました。
その方のお葬式のときまで,その事実は誰も知らなかったことでした。シベリアは相当に厳しかったらしいです。

こういう聞き伝えを,子孫に語っていける最後の世代が私達なのかもしれません。

能代商業・・・盛大に自前で慰労会をいたしました・・・
  • | 2011.08/17.Wed
  • | 15:13
  • | あねっちゃ
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毎年毎年。

>ぶりこさん

この時期に放映される,「火垂るの墓」が,どうしても見れません・・・
野坂昭如の戦争童話をかなり読み「凧になったお母さん」など,あまりにも悲しい読後の記憶があります。
今の子供達は,どんなに悲惨な戦いをしても,リセットでクリアできると真面目に思っています。
そうではない。失ったものは絶対に戻らないのだということを,何度でも何度でも語っていこうと思っています。

能代商業,どれだけ守備練習に時間を割いたのだろうかと,胸がいっぱいになるバックホームでした。
サヨナラ勝利よりも,敗戦校の2度のサヨナラ阻止のほうが語り継がれる試合は,今後もそうはないと感じました。
  • | 2011.08/17.Wed
  • | 15:20
  • | あねっちゃ
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おじいさん・・・

>ひろしです・・・・・。さん

待つ側も,戦いに赴く側も,どんなに辛かったかをもはや想像できないほど,
今の世の中は,訳が分からなくなってしまいました。
あの時代を美化せずに,自分の何代か前に起こった事実として,後世に直接伝えていかなければならないと思っています。
シベリア抑留中の,過酷な強制労働は知られているところですが,
とても明るかった(であろう)おじいさんが,そういう風になって戻られたということは,やはりそのとおりだったかと思わざるをえません。
ともあれ戻られたことは,喜ばしいことです。
戻れなかった方が大勢いたわけですから・・・
  • | 2011.08/17.Wed
  • | 15:30
  • | あねっちゃ
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