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あねっちゃ

Author:あねっちゃ
20ン年の共働き生活を休止し,専業主婦デビュー。
潜伏4年を経て,再就職トレ開始。
ゆるゆるな日常をゆるゆると書いております。
佐藤竹善・SING LIKE TALKINGファン歴25年。
2010年にMEA(マイクロ波子宮内膜アブレーション)を受けました。それについてのモロモロは,旧ブログのフリーページに置いてありますので,リンクからどうぞ☆
写真はクリックで大きくなったりならなかったり。

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満開の桜に思う。


今日,秋田市の桜が満開となりました。

先週から続く九州熊本・大分での大震災・・・

いまだ「熊本地震」と呼ばれていますが,
終日,連日ひっきりなしの強震度は大震災以外の何ものでもないです。

そして

「安全に」稼働が続いている九州電力の原子力発電所。

なぜ止めないんでしょうか。
これだけの地震でも,原発はだいじょうぶだという先例を作りたいのでしょうか。

東日本大震災以来,防災のシミュレーションが繰り返されてきたはずなのに
「ここはきっとだいじょうぶだろう」という
根拠のない安心感はなかったのだろうか。

不安な時間を過ごす九州の方々の気持ちを思うとき
胸の痛みだけしかありません・・・

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5年前の今日も雪でした。


5年目の3月11日はあの日と同じ金曜日。
そして,あの日と同じ雪の朝。

DSCF3209.jpg
暖かい日が続く3月,地温が高いので雪はすぐとけたが
冷たい空気があの日の記憶を呼び戻す。

DSCF3210.jpg
一瞬にして消えた,ささやかな愛すべき日々。
午後2時46分。
長く鳴らされたサイレンの音を耳に手を合わせる。

なくなってしまった
ひと
もの
大地

それからの日々を振り返るとき
これでよかったのか
このままでよいのか 
という思いで胸が詰まる。
 
日々ゆっくりと確実に
その灯りを小さくしていく いのちに寄り添い励ますわたしは
悔いなくこの思いを遂げようと
サイレンが鳴りやんだとき あらためてそう誓った。 

00010003.jpg
朝 バスを降りて見上げたら
そこには半旗がはためいていました。

忘れまい。

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あの日から4年。


風速30mを超える暴風雪の風切音が止まない一夜が明けて
震災から4年目の朝は,あの日と同じ雪景色になりました。
猛吹雪は日本海側から真横に吹き付けています。

そして奇しくも,昨夜チビが急に体調を崩しまして
看病のため仕事を休んだため,二人きりで在宅というまったく同じ状況に。
単なる偶然であると思いたいのですが・・・

DSC_0031.jpg
停電に備えて,久々の厳寒期完全装備で買い出しへ。
手紙を出そうにも投函口が,吹き溜まってる。

DSC_0033.jpg
昨日18時少し前から暴風雪が始まって,あっという間に危険を感じるほどの荒天に。

DSC_0032.jpg
路面は一番嫌な凍り方でテカテカ。
歩道の雪がたっぷりある部分を選んで,滑らないように慎重に歩きます。

正直
今日在宅で ほっとしてます・・・


DSCF1131.jpg
あれから4年。
もう4年? まだ4年? 4年前にそんなことあったような気がする?

震災直後は33万人もの人が避難し
4年経ついまなお,23万人もの人が元いた場所に帰れずにいて。

鉄道が直り 防潮堤がつくられても
そこにはすべての人が再び戻ってくることはなくて

「除染」って 家を洗ってくれるんじゃなくて
ウエットタオルみたいなシートで拭いて 
終わったそのゴミは家の敷地の隅に埋めて行かれるって

東北だけじゃなく 
茨城や千葉の沿岸部の被害だってすごかったのに

そういうことは表に出ない。

秋田から被災地へ転勤すると
「震災の被害 なかったもんね秋田は」って言われるんだって
同じ東北に暮らしていても 温度差はあるわけで

被災地で働く同期からの年賀状には
「復興復興と言われますが 疲れます」
と 一行書いてあった

でも

忘れない。

あの日まで在った たくさんの魂と豊かな大地のことを 忘れないでいたい。
生き延びて いまを生きていこうとしている人たちのことを

決して忘れずにいたい。

鎮魂の一日☆(-人-)
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奇妙な符合。

DSCF0897.jpg
海の対岸の国で,花火が打ち上げられた日にまた一つ齢を重ねました・・・
今度は上司と田沢湖温泉弾丸ツアーに行ってきた,ツレの大人買い土産にて乾杯。
ぜんぶ,秋田県が誇るクラフトビールの「田沢湖ビール」です。

珍しく乾杯前にひとっ風呂すませていたので,
自分で作った日常料理を自分で食べて,
自分で買ってきた旨安赤ワインで心置きなく酔っぱらい・・・

DSCF0898.jpg
明けて翌日の空。
朝焼けが燃えるようで,きれいだったけれどなんか胸騒ぎ。


春めいた陽光の中,物干ししながら見ていた「マッサン」の途中
画面に「NHK地震情報」の字幕が出て

「8時6分東北地方に地震がありました」

へー どこだろ と思ったそのとき

DSCF0902.jpg
リビングのドアストッパーが,ドアと接触するカチカチ音が

ここ!!(@o@;)

遠くで大きな地震があるときにくる,空気のゆがみを体と鼓膜に感じた後
長く大きく強い揺れが・・・
カチカチ音がするということは,地表は震度4だな,と思ったら当たり。
寝落ちする前に風呂完了なんて,珍しいことをしたからだろうか(反省)

このごろ,携帯の緊急地震速報が鳴らないよねと同僚に話したら
地震通知用のアプリの存在を教えてくれて,居合わせたみんなでダウンロード。

お昼ごはんのあと仕事し始めて間もなく,
そのスマホが一斉に鳴り出して

ええっ,また!!(@o@;)

一日に2回も大きい地震に見舞われた東北地方なのでした。
ひさびさに,ドキドキが収まらない一日を不安を抱えて過ごして。

まもなく東日本大震災から4年。

あの日,ツレは今回のように山形への弾丸ツアーを企画していたのですが
偶然にもキャンセルとなり,難を逃れていました。

この妙なハイテンションと,あのときのように大きい地震の前触れ。
どうも奇妙な符合を感じてます。

家族が全員秋田市にそろっていたあの日。
同じように全員そろうのは来週月曜日と3月6日の金曜日。

なにごともなく過ごせるよう いろいろ準備はしておこうと思っています。

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宮城の旅2014その4~閖上

★今日の写真はクリックで大きくなったりならなかったりです

今回の旅の目的は,野球や鉄補給だけではなく,
東日本大震災の被災地をこの目で初めて見ること,チビに見せることにもありました。
石巻,利府を後にして,最後の目的地は閖上(ゆりあげ)です。

DSC05580.jpg
生命線になったという歩道橋。すぐ近くのコンビニは閉店のまま。
少し前に名取へ出張していたツレが,現場の人から案内を受けていたので
そのときの説明を聞きながら回ることにしました。

DSC05581.jpg
閖上中学校

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あのときのまま止まった時計。 
ここで犠牲になった生徒たちの名を刻んだ石碑に合掌して
親御さんが願いを込めてつけた その名に触れながら ただ涙。

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なぎ倒されたガードレール,旗の掲揚ポールも大きく曲がっていて。
残っている住宅はほぼ空き家でした。

DSC05585.jpg
宅地のかさ上げ工事が始まるそうで,現場に関係者がたくさん来ていました。
完成後の高さ,5mまで上るチビ。

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閖上の港まで来ました。

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閖上湊神社の立つ丘の下には,大きな昔の石碑が。

DSC05590_01.jpg
お参りしたのち,丘の上から 街の跡地を眺めてみました。

DSC05592_01.jpg
なにもかも ない

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丘を降りて

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慰霊碑へ

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津波の高さと同じ8・4m

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亡くなられた方の魂が天に昇って行くような 
新しく生えた芽が天に伸びるような そんなかたちの碑と
そこに記された この街で暮らしていたひとの 膨大な数の名前

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交差点の角には なぎ倒された根っこだけが錆びついていましたが

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東に5m伸び,2m沈んだという地面を再測量し始めているようでした。

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住宅は土台ごと根こそぎなくなっていて,その区画を残すのみ。
がれきは撤去され終わっていますが,側溝に残る茶碗のかけらなどに
そこにいたひとびとの暮らしを思うのでした。

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海岸に出ると,福島県からずっと伸びているという新しい防波堤。

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岩手県へとずっと続くのだそうです。

私たちも含めてたくさんの人が県外からここへ訪れていました。
観光旅行の一環なのか,
お酒が入っていい気分になっている団体「客」もいて

どうしてこの地でそんな風に笑えるんだろう とその時は思いましたが
どんな形であれ,この地を訪れて 
この地で起こったことをその目で見ることが大事 なのだと

DSC05609.jpg

そしてこの日 現役当時お世話になった先輩が
長い闘いの末 天に召されていました・・・

喪失感を深く抱え こころが平坦に戻るまで時間がかかりましたが
生かされている意味を問いつつ 
「これから」を生きていこうと あらためて思うのでした。

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